適応について考える。
今回は、心理学の勉強不足がさらに露呈してしまいそうですが…。
適応障害っていう言葉をイメージしてみます。
この言葉を聞くと、単純に自分もそうだろうなと感じる訳です。
社会や、あらゆる環境にうまく適応できてないなっていう感じでね。
そもそも、強い不安に絶えず襲われるのだから、目の前の状況に慣れが生じるはずがないでしょ?と思ったりする訳です。
馴化抵抗っていう言葉もあるのですが、やはり環境に対する慣れ(馴化)が起きにくくなる状態というのは存在するらしいです。
じゃあ、自分が環境に慣れていくにはどうしたらいいんだろう?
イメージしてみる…。笑
(割と自己流な感じですみません。)
脳(こころ)の働きが大事な気がするな。
不安が強い状態のときには、慣れは生じないとなると、やはりまずは薬で不安を抑えることが必要かもしれない…。
笑い?
笑うことは適応的な行為だと思うから、信頼できる人と笑いながら過ごす時間が必要な気がするな…。
こんな感じでしょうか?笑
以前、大学で「心理臨床とイメージ」という科目をとっていて、こころを考えるうえでイメージっていうのはとても大事なんだと気付かされたので、割とそれを自分は多用します。
この授業の中で、箱庭療法やMSSM療法などの、遊びからこころの癒しが始まるものを学んだのですが、やはりそこにもセラピストの存在(信頼できる相手や環境)が必要だったと思うので…。
「信頼できる人との楽しい会話」
シンプルにこれだけでも、こころの癒しや適応に繋がっていきそうな気がしますね。
ユングは、症状を次なる次元の成長に至る途上の不適応だと考えたそうです。
そう考えると、症状が起きてしまうことも、適応できないことも、辛いことではあるのですが、どこか自然なことのようにも思えるし、可能性を含んだもののように思えたりもします。
今回の話は難しすぎたな…。笑
何か少しでも、社交不安を考えるきっかけになってくれるといいなと思います。
では!